鈴木尚典ブログ:message

プロ野球 横浜鈴木選手のブログです



category

archive

recent entry


contents

メイン

2006年09月30日

好球必打

 今日はヤクルト戦で1点を追い掛ける七回裏無死満塁の場面での代打でした。カウントが1-3になった時、ゴンザレス投手が腰を痛めたそうで、急にベンチへ。ここで10分近く間が空きました。カウント、さらに相手のコンディションを考えると、四球狙いでもおかしくない場面です。後から聞いたのですが、ベンチで相川選手と新沼選手が僕が5球目を振るか、振らないかという話をしていたそうです。相川選手は「タカノリさんは振る」と言っていたようですが、その通り、もちろん僕は甘い球が来たら振るという「好球必打」の姿勢は変えませんでした。2球目に内角直球を空振りした時のように。
 実はこの「好球必打」は高木由一育成コーチから教わったスタイルです。高木コーチで思い出すのが、プロ入り当初、横須賀の合宿所隣の室内練習場で夜、灯り一つで居残り練習をさせられた時のことです。途中で高木コーチも帰り、たった1人で鏡の前で好球必打も意識しながら素振りを繰り返しました。高木コーチには「こういうのが身に着く練習なんだ」と言われたことを今でも覚えています。
 そんな高木コーチの教えだった「好球必打」は今でも体に染み付いています。今日の打席は結果的に四球になりましたが、はっきりと分かるボール球だったから振らなかったまでです。消極的な気持ちで四球になったわけではありません。
 試合の方はこの押し出し四球で同点になり、この回チームは一気に逆転しました。自分のスタイルを貫いた結果で得た四球からチームの連敗が止まったことには満足しています。
 

投稿者 :

2006年09月28日

三度目の正直

 今日は中日戦の2-6の六回一死満塁のチャンスで前日に続き、代打で小林投手と対戦しました。9月19日のブログ「迷い」でも書きましたが、初対戦から2度続けて空振り三振を奪われている投手です。特徴は左のサイドスローから直球とスライダーによる徹底した外角攻め。シンプルな攻め方なのですが、ここ数年経験したことがないぐらいに、同じ投手に同じようにやられ、屈辱感さえありました。
 僕は一度やられた投手は全く同じようにいったら、またやられると思っています。そこで昨日の打席では、それ程スライダーが速くないので、一度目の対戦より始動を遅くしてタイミングを合わせるようにしました。それプラス、バットの芯に強く当ててセンターからレフトに持っていくイメージでしたが、どうしても外のスライダーにタイミングが合いませんでした。
 さて今日はどうしようかと。
 出番が来る直前、ベンチ裏の素振り部屋には種田選手も一緒にいました。そこで種田選手から「思い切って引っ張ってみたら。外で勝負してくるのは分かっているんだから、踏み込んで引っ張るぐらいのつもりでどうか」と言われました。結果的にはこれが功を奏しました。僕も強引な発想で、ライト線に引っ張るイメージに打席に立ち、2-2からの外のスライダーをバットの先に引っ掛かった感じでライト前にタイムリーヒットにできました。
 ここまで極端な意識で打ったことはありません。やはり毎回、毎回やられっ放しはプライドがあるので、対策は立てないと。来季以降も対戦するだろうし、伸び伸びと投げてこられるようではいけません。とにかく早いうちに借りを返さないといけないと思っていました。今日打つか、抑えられるかが、今後の小林投手との対戦でターニングポイントになるかもしれません。
 でも、まだ1勝2敗。1本打ったぐらいで一喜一憂はできません。あしたから横浜に帰りますが、連敗ストップに懸けるチームとともに、少しでも来季につながる打席、戦いを目指していきたいと思います。

投稿者 :

2006年09月25日

ドラフト

 さっきテレビで高校生のドラフト会議を見ていました。自分にもそんな時があったなと、16年前のことを思い出しました。
 僕の時は横浜のほかに巨人、近鉄が指名する可能性があるというのを聞いていました。実際に横浜に決まったと聞いたのは横浜高校のグラウンドで練習している時でした。子どもの頃からプロ野球選手になることしか考えていませんでしたが、信じられなくてなかなか実感できなかったです(実感できたのは、このHPのアルバムにもありますが、背番号をもらって祖父と祖母と一緒に写真を撮った時です)。
 そのグラウンドでは後輩たちから胴上げされました(今でも写真が実家に飾ってあります)。渡辺監督からは「(高校の)地元の球団だから応援してくれる人がいっぱいいるぞ。4番目指して頑張れ」という言葉を頂いたのを覚えています。その後、3番でレギュラーになり、4番も経験できたシーズンがあったので恩返しはできたかなと思っています。
 そして、今考えると、父親が一番うれしかったのではないかと思います。プロにさせたくて自分の手元から離れても横浜高校に入学させたぐらいですから。
 今日、横浜高校からは2選手が指名されました。早くグラウンドで会えることを楽しみに待っています。と同時に僕も初心に帰り、これから先の野球人生、1日1日を大切にしたいと改めて思いました。

投稿者 :

2006年09月24日

桑田投手

 巨人の桑田投手が来年も現役で続けることを表明されました。巨人を退団することも辞さないという強い決意があるそうです。僕も心から応援したいと思っています。
 桑田さんは清原さんとともに僕の憧れの選手でした。小学生のころ、甲子園を沸かせるPL学園の「KKコンビ」をテレビにかじりつきながら見ていました。そういう選手だったので、毎回対戦するのが楽しみでした。わくわくしながら打席に立てる数少ない投手。ほかの投手とは違う思いがありました。
 投球について言わせてもらうと、どのボールも一級品ということです。切れ、コントロールすべてです。守備も一流で、何度も抜けたと思った当たりを取られたことがありました。
 技術だけではありません。デッドボールを受けたこともあるのですが、翌日にはわざわざ謝りに来てくれたりと紳士的なところが印象に残っています。いつだったか、球場で一緒に花束を贈呈された時があったのですが、一緒になると桑田さんの方から手を差し出し、握手をしてくれたり、「いいバッターになったね」とか声を掛けてもらったこともあります。僕の駆け出しの頃からタイトルを取った過程をご存じなので、なおさらうれしかったです。
 まだ来年、どこでプレーされるか決まっていないそうですが、200勝という目標もあるので、1年でも長くやってもらいたいです。そしてまたグラウンドで対戦できる日を楽しみにしています。

投稿者 :

2006年09月19日

迷い

 今日は8回無死二塁での代打でした。ベイスターズは三回までに7点を取ったのですが、じわじわと追い上げられ、この回までに8-5。3点のリードはありましたが、優勝に突き進む中日だけにリードは1点、いや同点といっていいほど押されていました。
 勢いを押し戻すために、ここはどうしても追加点が欲しい場面です。前の相川選手が二塁打を放った瞬間、僕は最低でも走者を三塁に進めるバッティングをしないといけないとネクスト打席で準備していました。すると、そこに田代打撃コーチがやってきて「右に打とうとか考えずに思い切り振って、ヒットを狙ってくれ」と言ってもらいました。
 有り難かったのですが、そうは言われても僕の年代はチームの中でもベテランと呼ばれる選手に入ります。1、2年目の選手ならともかく、状況を考えると最悪でも進塁打が求められるのではないと、迷ったまま打席に立ちました。
 今年一番と言っていいぐらいの迷いでした。マウンドには初対戦の横手投げの左腕、小林投手がいました。より無心で集中して臨まないといけない相手です。今日はあえて1球ごと振り返るのはやめます。気持ちが乱れたまま打席に立っても、いい結果が出ないのは当然だったからです。スライダーを3球とも空振りするなど、タイミングが全く合いませんでした。
 代打で1打席しかないのだから、好き勝手に自分の打撃をすればいいという考え方もあると思います。その一方でスタメンで4打席与えられた中で、今日のような状況で打席に立ったら進塁打を狙うのが仕事だと思います。それは代打でも変えていけないのではないか、という思いが心の片隅にありました。
 来年の今ごろ、中日と優勝争いをしているかもしれません。そのためにも、チームのために自分を犠牲にする打撃ができないといけないし、若手の手本にならないといけません。そういう意味で悔いが残る打席になりました。

投稿者 :

2006年09月17日

雨中の二塁打

 ドームでない限り、野球のプレーは天候に左右されます。雨、風、寒暖などが挙げられます。有名なのは千葉マリンの強風、甲子園の浜風でしょうか。ベイスターズのホームの横浜スタジアムは町の中にあるので独特の気象条件というものはありませんが、そうは言っても屋外にある球場です。今日の巨人戦、僕の打席でも少なからず影響を受けました。
 2点を追う7回、チームは1点差に迫り、まだ二死三塁という場面で僕は代打で起用されました。ここで巨人は右の姜投手から左の林投手に代えてきました。投手交代なので、しばらくネクストで待たされます。しかも雨が降る中でした。
 それでも集中力が切れることはありませんでした。逆に途中出場の僕には有り難かったぐらいです。ベンチとグラウンドでは雰囲気が違います。たとえ雨の中でもグラウンドに長くいて素振りなどができると、試合の雰囲気になじめるものです。よくブルペンではいい球を投げるのに、マウンドに立つとその力が発揮できないピッチャーの話を聞きますが、その話と相通じるものがあるかもしれません。
 そうやって試合の空気をつかめた上、昨日の巨人戦、その前のヤクルト戦と安打が出ているのが大きいとは思いますが、落ち着いて打席に立てました。投手が右から左に代わっても、どっちでもいい状態で待っていたので慌てることもありませんでした。1球目のスライダーを空振りしても、その気持ちは変わりませんでした。
 勝負は2、3球目とストレートがともにボールになったあとの4球目で決まりました。フォークボールだったと思います。投手にとって雨は打者より嫌な要素だと思います。特にボールを指で挟む変化球だから微妙に滑ったのかもしれません。とにかくフォークの落ちが悪く、そこを引っ張り、打球は一塁線へ。雨で球足が速かったのだと思いますが、ファーストの李選手のグラブの先を抜けるタイムリーツーベースになりました。投球と守備を難しくし、雨が味方したようなヒットにも思えました。
 僕の記憶では今日のような雨の日は成績がいい気がします(今年、2年ぶりのホームランを打ったのも雨の千葉マリンでした)。チームも八回の村田選手の2ランで勝ち越す理想的な展開で逆転勝ちを収め、こんな悪条件の中で終盤まで観戦してもらったファンの皆さんに、いい試合を見せられたのが何よりでした。 

投稿者 :

2006年09月16日

安打より価値あるもの

 今日の巨人戦は3点ビハインドの8回に代打で打席に立ちました。点差が開いていたのと先頭打者という状況を考え、とにかく出塁しようと、大振りせずにコンパクトに振ることを心掛けました。相手は豊田投手。1998年の日本シリーズ2戦目に3打数3安打といいイメージはありますが、もう8年前のことなので全てをリセットして臨みました。
 豊田投手と言えば、ストレートとフォークボールのコンビネーションです。1球目は外角直球で見逃しストライク。振っても良かったかなと思いましたが、あとからスコアラーの方に「阿部捕手の構えていた内角と逆だった。いかない方が良かった」と言われたので振らなくて正解だったと思います。2球目は内角直球でボールとカウントは1-1になりました。2球続けてストレートが来たから次はフォークがあるかなと。でも、フォークで待つとストレートが打てないので、ストレートに合わせていました。3球目、来たのは頭にはあったフォーク。待っていたタイミングとは違いましたが、ストライクゾーンに入ったため、合わせられました。引っ掛けずにセカンドの右、センター前に抜けるヒットを打ちました。
 塁に出ると、いつも通り1つでも先の塁を狙う意識に切り替えました。続く石井選手の飛球はセカンドの後方に。取られるかどうか、やや微妙な当たりでした。もし進塁して取られたらダブルプレーになるリスクがありますが、セカンドの追い方、ライトがどこにいるかを観察していたので「落ちる」と思って一気に二塁を回って三塁に行きました。一、二塁より一、三塁の方が次の小池選手も楽に打席に入れるだろうとも思っていました。
 横浜が98年には日本一になった時、1番に石井選手、2番に現コーチの波留さん、そして3番は僕で、常に今日のように一、三塁のチャンスをつくって相手にプレッシャーをかけていました。強いチームには記録には表れない好走塁がいくつもあるはずです(例えば今の中日のように)。
 僕は足が速くないと見られているかもしれませんが、そこそこは自信があります。よく試合中のベンチでは波留コーチと「今のは三塁に行けたな」「あれは三塁に行ってほしいな」などと走塁の話もしています。今日三塁に行けたのは、16年間の経験が生きた打球判断だけではなく、自分自身の走塁に対するこだわりがあったからだと思っています。そういう意味で今日はヒットよりも走塁の方に満足感がありました。
 

投稿者 :

2006年09月14日

恩師のカワテ

 今日も代打での出場でした。見た目は青と黄色で同じですが、いつもとは違う革の手袋を付けました。去年のオフ、原点に返ろうと2軍時代の打撃コーチだった竹之内雅史さん(現羽衣国際大監督)に練習を指導してもらったことがありました。その練習で使った「カワテ」(革の手袋)に竹之内さんの名前をサインしてもらいました。それを今日、今年初めて使ってみました。そのサインを見ると、竹之内さんからこれまで教えて頂いたたくさんのアドバイスがよみがえるような気がしたからです。そして1つの言葉を思い出しました。「バットは振り切れ」。打席に入るまでずっとその助言が頭にありました。身が引き締まり、強い気持ちにもなれました。絶対に中途半端なスイングはしない―。
 2-3の八回表二死一、二塁のチャンスでした。相手は8月にも対戦した館山投手。初球からいこうと思っていましたが、1球目は外角のストレートでバットを止めました。難しいコースなので、見逃しストライクでも仕方ないと気持ちを切り替えました。2、3球とスライダーを見逃しカウント1ー2。次の4球目が勝負のポイントになりました。
 低めの際どいフォークボールでした。このボール球に手を出さずに見極めて自分有利のカウントにできたことが大きかったです。ヤマを張ったわけではありませんが、相手は四球での満塁を嫌うため、次はかなりの確率でストレートでストライクを取りにくるだろうと予測できました。
 5球目。内角高めのストレートでした。厳しいコースで当たりは良くありませんでしたが、レフト前に同点のタイムリーを打てました。予想した球種が来たことと、打席に入る前に意識した通りに振り切ったからこそ三遊間を抜けたのだと思っています。
 代打生活が続いていますが、レギュラーの時と同じく目標は3割5分に置いています。この打席まで2割7分5厘。残り試合を考えても、これ以上下げたくないところでした。ベイスターズも逆転勝ちを収めて僕にもチームにもいい結果になりました。恩師のカワテがお守りになったような気がします。

投稿者 :

2006年09月12日

ハンカチ王子

 今日のヤクルト戦は雨で中止だったので、皆さんの関心も高かった早稲田実業高校の斎藤投手についての話題に触れたいと思います。
 昨日の斎藤君の進学表明を見ながら自分のプロ入り前のことを思い出しました。彼は進学かプロ入りかに迷ったようですが、僕の場合はプロ野球選手になるのが夢だったので、迷いは全くありませんでした。大学や社会人も選択肢にはなかったです。楽観的かもしれませんが、前向きに考える方なので、力が通用しなかったらどうしようとも思いませんでした(もちろん最初はプロの厳しい現実を感じたし、竹之内さんといういいコーチに巡り合えた運も大きかったと思います)。
 斎藤君は今はプロでは通用しないと言っていましたが、僕は個人的に、彼は今でも十分プロで通用すると思っています(色々な意見はありますが)。ただ、周囲が何と言っても、本人が考えた末にたどり着いた考え方が一番大事だと思います。今すぐにプロで力を試すのも手でしょうが、進学してレベルアップを図る選択も間違ってはいないと思います。自分の野球人生なので、悔いないように大学生活を送ってもらいたいものです。
 そして4年後。プロの舞台で対決できるように、僕も現役で頑張っていたいと思います。

投稿者 :

2006年09月10日

屈辱の阪神戦

 今日で今シーズンの阪神戦が終わりました。4勝18敗という屈辱的な数字が残ってしまいました。今年の阪神からはいつも絶対にベイスターズに負けないという空気を感じました。僕が知る限りではベイスターズが優勝した1998年とまったく逆の状態になっていました。
 力の差はあったかもしれません。でも、それは阪神の岡田監督が「紙一重」と表現されたように、わずかなものだと思います。そうすると何がここまで勝敗を分けたのか。あえて客観的に言わせてもらうと「初戦」だと思います。
 バッターもそうなのですが、初対戦はとても大事です。初ヒットを打った相手は何年経っても精神的に優位に立てます。初めてホームランを打った投手からは調子が悪くても打てたりするものなのです。これはチーム同士の対戦に置き換えられると思います。
 ベイスターズは今年、阪神と初めて対戦した4月7日からの3連戦で3連敗してしまいました。これが最後まで尾を引いたような感じがあります。特に阪神は去年のチャンピオンチームです。この最初の3連戦で何としても力関係を変えておかなければいけなかったような気がします。
 ただ、もう終わったことを言っても仕方ありません。来年どう戦うかです。初戦が大事だと言いましたが、阪神とは公式戦からではなく、オープン戦から勝負にこだわる必要があると思います。公式戦でなくても、今年のベイスターズは違うと思わせないといけないし、こっちも「今年はいける」という雰囲気をつくらないといけません。得意か苦手か、個々の選手の意識は紙一重のプロの世界ではシーズンを通せば大きな差になるはずです。そのことを胸に、この借りは来年必ず返します。

投稿者 :

2006年09月06日

バットの話

 今日は下関への移動日で試合がなかったので、バットの話をします。今のバットを使ってからもう11年が経ちます。1995年の近鉄とのオープン戦(藤井寺球場)、試合前の練習で近鉄の古久保選手が使っていたバットをもらいました。それを握ると、フィット感というか、ものすごくしっくりくるものがありました。それまでのプロ4年間ではなかった感触でした。さらにその年のシーズン中に、当時の長池徳士ヘッド兼打撃コーチからチームメートだったローズ選手とブラッグス選手のバットを手渡され「こういうバットを使ってみろ」と言われました。2人のバットは典型的なホームランバッタータイプでした。これを参考にヘッドを太く、重心をバットの先の方に移動するというマイナーチェンジをしました。グリップは、例えばチームメートの多村選手のように小指を出す握り方もありますが、僕はオーソドックスにはっきりとグリップエンドがあるものを使っています。小指が収まった方が力が入りやすいような気がするからです。34インチで910グラム、2年後には首位打者のタイトルを取り、11年間まったく同じバットを使い続けています。微妙に変える選手も少なくないのですが、僕は現役をやめるまでこの形でいくと思います。
 材質はアオダモとホワイトアッシュを使い分けています。本当はしなりがいいアオダモが一番使いやすいのですが、特に今年は材料が不足しています。練習では折れてもいいようにメープルを使い、試合では去年までストックしていたアオダモとホワイトアッシュを使うという感じです。
 保管方法ですが、98年に斉藤明夫さんの知人からジュラルミンケースと乾燥剤を頂きました。試合で使う時以外はそこに入れています。オフには車のトランクに入れっぱなしにします。乾燥しているので、今でもジュラルミンケースに入りきらない時はトランクに入れます。試合が終わると、必ずオイルで磨きます。遠征先のホテルでも帰ると真っ先にそれをしますね。メンテナンスには注意を払っています。
 作られる過程を見ようと岐阜の工場を見学したこともあります。以前、ロッテの福浦選手と日本ハムの稲葉選手に頼まれてバットを譲ったことがありますが、僕は折れたバットでも捨てられないぐらいに思い入れがあるので、普通は自分の手元から離さないことにしています。やはり商売道具という意識が強いですね。

投稿者 :

2006年09月03日

監督退団発表で

 今日は試合後、チームスタッフにある知らせがありました。牛島監督が今シーズン限りでベイスターズを退団するというものです。監督には今日の阪神戦の真っ最中に昨日、シーツと接触したことで「鞭打ちになってないか、大丈夫か」と声をかけてもらったばかりでした。余りに突然のことで何と言っていいか分かりません。
 牛島監督が就任した昨年からここまでを振り返ると、僕自身は納得いかない成績が続いています。少なからず責任も感じています。ただ、残りはまだ28試合あります。チームは最後まで1つでも上の順位を目指し、僕は1本でも多くの安打を積み上げて、来年につなげていきます。それが選手としてできる精いっぱいのことだと思います。

投稿者 :

2006年09月02日

映像と現実のギャップ

 今日は3-5の八回裏二死満塁、阪神のウィリアムス投手の時に代打で起用されました。ご存じのように阪神の強力リリーフ陣「JFK」の1人。左横手投げから150キロのストレートと高速スライダーが武器の投手です。この絶好の場面で、一般的には左投手には不利と言われる左打者の僕を、あえて送った牛島監督の采配を意気に感じて打席に立ちました。しかも週末の人気チームとの対戦でほぼ満員のお客さんが観戦する中です。今年一番と言っていいほどアドレナリンが出ました。
 打席ではいつも通りにストレートにタイミングを合わせていました。初球はアウトコースのボール球、2球目はナチュラルにシュート回転しながらインコースに速球が-
 僕はベンチ裏で待機している時、素振りをしながらモニターでウィリアムス投手の球筋を見ていました。そのイメージを描きながら打席に立ったのですが、実際に見ると、映像よりもシュートしていました。紙一重のプロの世界で、このギャップは勝負の分かれ目になることがあります。結果は差し込まれてのショートゴロでした。
 その後の走塁では一塁でシーツ選手と接触しました。皆さんのメールでも心配して頂いたのですが、体は大丈夫です。それよりも最高の状況で、ベイスターズファンとベンチの期待に応えられなかったことが悔しかったです。次は必ず応えられるように頑張ります!

投稿者 :

2006年09月01日

思い切り振ること

 今日は試合がないので、皆さんからのメールを一通紹介します。「鈴木選手はネクストから打席に入る時のご自身なりの儀式みたいなことをされる時はありますか? 私も横浜旭区の白根台ジャガーズという少年野球チームでコーチをしていますが子供たちにはどのような気持ちでいけばよいか鈴木選手のご意見もお聞きしたいのです」(神奈川・丸山です。さん)という質問です。
 僕の場合、ネクストバッターズサークルに入る前にまず数回、重いリングを装着したバットで思い切り、素振りをします。今は代打での出番が多いので、試合に最初から出ているわけではありません。あとから出て行くので体も固まっています。バットを振ることで体をほぐし、スムーズに試合に入れるようにしています。
 そのあとにネクストでリングを外し、マウンド上の投手に合わせてタイミングを取りながら振ります。気を付けなければいけないのが、前のバッターが出塁すると、そのピッチャーが振りかぶっていたのが、セットポジションになるケースがあります。そうなっても慌てずに対応できるよう、イメージしておきます。
 と、こんな具合ですが、少年野球の場合はその前に心構えだと思います。僕が指導者なら「打てなかったらどうしようと考えるのではなく、3球のストライクを思い切り振ってきなさい」と教えます。中途半端なスイングが一番駄目です。この時期は思い切りバットを振れることが一番大事だと思います。簡単なようで、実はこれがプロでも一番難しいことです。もちろん思い切り振れるには厳しい練習が前提にあるのですが、プロではないので小学生には思い切りバットを振る楽しさ、気持ちよさを教えて頂きたいものです。

投稿者 :


pagetop
contents end