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今日は七夕です。7月7日ということで、僕の背番号について書きます。
僕はドラフト4位での入団でした。背番号の希望は聞かれず、入団会見の時に初めて「51」だと伝えられました。この番号は初めて首位打者を取った1997年まで付けました。ちょうど同じ時期にマリナーズのイチロー選手(当時はオリックス)が活躍していて、同じ鈴木の姓で年齢も近いということで不思議な縁を感じたことを覚えています。
翌年からその「51」を今の「7」に変えました。イチロー選手とかぶっているのを意識したわけではありません。周囲には「首位打者のタイトルを取った験がいい背番号なのに、変えていいのか」という声もありました。それでも、「7」を付けたい理由があったのです。
僕はプロ入り前、同じ左打者だった巨人の吉村禎章選手(現巨人二軍監督)に憧れていました。あんな風に打率も本塁打も打点も稼げる選手になりたいと、バッティングもお手本にしていました。その人が付けていたのが「7」でした。
また僕が横浜高校時代に付けていたのも「7」(レフトだったので)。慣れ親しんだ番号でした。この背番号で、もっといい成績を残したかったので、迷いはなかったです。変えた98年も首位打者を取り、ベイスターズは日本一になりました。一気に「7」は鈴木というイメージが定着した感じで、本当に愛着がある番号になりました。
これからもプレーで、この背番号を輝かせていきたいです。
投稿者 : 23:35
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